単語や熟語の意味を調べるのに、辞書や事典を利用するのがかっては一般的であったが、インターネットの普及と共に21世紀初頭からはWikipediaなどの無料のネット事典、および、Google検索の利用が一般的となった。
しかし最近では、ChatGPTなどの生成AIの精度向上により、WikipediaやGoogle検索に代わり、生成AIの利用が進んでいる。生成AIを、辞書や事典と併用して活用することでこれまで以上にスムーズで適確な調べをすることができる。
そうした形での生成AIの活用に関して、ここではpastoral careという語句を例に取り、見ていくことにしよう。
筆者がこの語句を調べようと思ったのは、「AIは人間の教師のサポート役(教育のための補助的手段)となるものであり、人間の教師に取って代わるものではない」という視点から教育におけるAI利用の問題点を論じたFinancial Timesの社説 “The future of the AI-enhanced classroom” Financial Times, 2024/8/25の中の下記文章におけるpastoral careという語句を英和辞典で調べてもその意味内容が明確にはつかみ取れなかったからである。
[出典]
https://www.ft.com/content/e9523570-5966-4d99-ac92-45d3966ae28e
英和辞典におけるpastoral careの注釈
- 大修館書店『ジーニアス英和大辞典』
- 研究社『リーダーズ英和辞典』第2版《宗教・教育上の指導者が信徒・学生に与える》忠告, 心得, 《私生活上の》カウンセリング, (悩み)相談
motivationを「やる気を引き出す力」と、pastoral careを「生徒への温かいサポート」とするChatGPTの意訳は文脈に即した適切なものと言えよう。
もっとも本サイトの他の記事でも紹介しているように、今回のpastoral careという語句も含め、生成AIの回答は英英辞典の内容を反映したものになっていることがほとんどであると思われる。
pastoral careに関するChatGPTの先ほどの日本語訳も、コリンズ英英辞典における下記注釈の”help with personal needs and problems given by a teacher”(教師が生徒の個人的な悩みや問題に対して行うサポートや助け)に対応したものである。
- コリンズ英英辞典(Collins English Dictionary,HarperCollins Publishers)
- ロングマン現代英英辞典(Longman Dictionary of Contemporary English Online)pastoral careという語句は見出し語とはなってはいないが、pastoralという単語の3番目の意味の例文の中でpastoral care at the schoolという語句を挙げるとともに、pastoralに関して” relating to the duties of a teacher in advising students about their personal needs rather than their schoolwork”という意味としている。
[出典]https://www.ldoceonline.com/dictionary/pastoral - Oxford Advanced Learner’s Dictionarypastoral careという語句は見出し語とはなってはいないが、pastoralという単語の1番目の意味として”relating to the work of a priest or teacher in giving help and advice on personal matters, not just those connected with religion or education”という注釈を挙げるとともに、そうした意味の用例としてpastoral careという語句を挙げている。
[出典]https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/pastoral?q=pastoral
A few schools now offer counselling sessions; all have some system of pastoral care.
[出典]https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/pastoral-care
下記にChatGPTほかの生成AIによる回答を紹介する。
A. ChatGPTによる注釈-「単なる問題解決だけでなく、相手の存在を尊重し、長期的な支援を提供するという広範な意義を持つ言葉」としてのpastoral care
下記に示したように、ChatGPTは、教育現場でのpastoral careを、「教師やカウンセラーが行う生徒支援活動」なども含む「全人的な福祉(well-being)を重視したサポート」であるとしている。
[出典]https://chatgpt.com/share/675aff24-457c-800f-a92b-ad99e8acf04d
- 感情的サポート: 不安や悩みを抱える人に寄り添い、話を聞く。
- 道徳的指導: 必要に応じて、価値観や倫理的な視点を共有する。
- 実践的支援: 必要なリソースやサービスにつなげる。
- 病床訪問: 病院で入院中の信徒を訪れ、祈りや聖書の言葉を通じて慰めを提供する。
- 人生の転機におけるサポート: 結婚式、葬儀、洗礼など、重要なライフイベントにおける精神的な指導や支援。
- 悩み相談: 信徒が人生の困難に直面した際に、信仰に基づいた助言を行う。
- いじめ対策: 学校内でいじめが発生した場合、被害者と加害者の両方にカウンセリングを提供し、問題解決を図る。
- メンタルヘルスの支援: 生徒がストレスや不安を抱えている場合、話を聞き、必要に応じて心理的な専門家を紹介する。
- 進路相談: 生徒が将来のキャリアや進学について悩んでいる場合、個別の相談や助言を行う。
- ホスピスケア: 末期患者とその家族に対し、宗教的な背景に配慮しながら、平安をもたらすためのサポートを提供する。
- 精神的ケア: 長期療養中の患者が不安や孤独を感じた際、話を聞き、希望を与える言葉をかける。
- 多宗教対応: 病院内で異なる宗教的背景を持つ患者に合わせた精神的支援を行う。
- ストレス管理プログラム: 職場でのストレスやバーンアウトを防ぐため、相談窓口やリラクゼーションセッションを設ける。
- 働きやすい環境の提供: 職場でのハラスメントを防ぎ、従業員が安心して働けるような体制を整える。
- ライフイベント支援: 育児や介護など、従業員が私生活で抱える問題について柔軟な働き方をサポートする。
- 個別対応: 個々のニーズに応じた支援を行う。
- 信頼関係: ケア提供者と受け手との信頼が重要。
- 非判断的姿勢: 相手を批判せず、受容的に接する。
なお、「教育の文脈での用法」におけるpastoral careについての参考資料としてはChatGPTが挙げた資料の多くは、日本語プロンプト文では中国語サイトのものであった。英語圏の資料として挙げられているものは下記のように数が少ない。
- Trotman,D. et al. eds. (2023)Pastoral Care in Education:New Directions for New Times, Chambridge Scholars Publishuing
https://www.cambridgescholars.com/resources/pdfs/978-1-5275-3246-5-sample.pdf - Cross,D., Lester,L. “Pastoral care: A 10-step plan”,teachermagazine.com,2014/11/24
https://www.teachermagazine.com/au_en/articles/pastoral-care-a-10-step-action-plan - Jones, Phil (2022)”Pastoral Care in Education for the 21st Century,” Pastoral Care in Education, 40(3), pp.360-368
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02643944.2022.2099005
B. Google Gemini Advanced 1.5 Proの回答(2024/12/13)
https://g.co/gemini/share/3587cbc3d5ab
ただし「patroral careに関して教育の文脈での用法に関する参考資料を教えてください。」という追加のプロンプト文に対しては、下記のような日本語での有益な資料を数は多くはないが挙げており、参考となる。
https://g.co/gemini/share/0edc70a2e669
- 新井英靖(2009)「英国のパストラル・ケアの発展過程に関する研究」『茨城大学教育学部紀要』第28号, pp.65-77 http://center.edu.ibaraki.ac.jp/doc/kiyou/28_2009/06_2009-65-77.pdf
Google Geminiは、本論文を、「英国におけるパストラル・ケアの歴史と変遷、現代における課題について論じた論文。教育におけるパストラル・ケアの概念や実践を知る上で役立ちます。」として一番目に挙げている。
なお同論文は、「(イギリスにおける)1960 年代のパストラル・ケアは「個人的に困難やトラブルを引き起こす生徒に対して,教師個人が単に応答すること」を指す狭い概念であった。」(p.68)であったが、1970年代には「教科指導とパストラル・ケアの統合」(p.70)や「リメディアル教育とパストラル・ケアの関連性」(p.71)、パストラル・ケア視点からのカリキュラム改革(pp.73-75)など、次第に同概念の拡張の必要性が認知されるようになった、としている。
http://center.edu.ibaraki.ac.jp/doc/kiyou/28_2009/06_2009-65-77.pdf - NUCB International College(国際高等学校)「寮生活でのパストラル・ケア」 TOP>学校案内>ボーディングスクールとは>国際寮
https://ic.nucba.ac.jp/jp/boarding/dormitory/entry-23591.html本WEBページでは、「すべての学生が積極的に学校生活を楽しめるような支援をパストラル・ケアと呼び、多くのボーディングスクールで重視されています。語源はpastor(牧師)によるcare(監督)からきており、「牧師が信者に対して接するように、教師が生徒の勉強、生活、人格面について行う教育」という意味があります。・・・ボーディングスクールにおけるパストラル・ケアは、学問のためではなく「長い人生の準備を行う教育」です。それは心身の健康と成長を支え、ウェルビーイングを高め、主体性や自己肯定感を育みます。心身の健康は、翻って学力の向上にも大きな効果をもたらします。」とされている。 - Malvern College Tokyo「パストラルケア」
https://www.malverncollegetokyo.jp/ja/pastoral-care本WEBページでは、「マルバーンの教育の特徴は、杓子定規ではない学習方法、少人数制のクラス、専任のチューターによる指導、個人への絶え間ない気配りにあります。手厚いパストラルケアは、寄宿学校の精神を全日制学校の環境に組み込むことを目的としており、生徒と教師が密接に結びついたコミュニティを形成することに努めています。
私たちの目標は、生徒の身体的、社会的、感情的な発達を促すことで、学業だけでなく、生徒の能力をさらに高めることです。人格教育、学校コミュニティ内での良好な人間関係の構築と強化、健康的なライフスタイルの促進は、すべて効果的なパストラルシステムに不可欠です。」とされている。